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和歌山地方裁判所 昭和50年(ワ)109号 判決

原告 上田軍司

同 上田とめ子

右原告両名訴訟代理人弁護士 山本光弥

被告 和歌山県

右代表者知事 仮屋志良

右訴訟代理人弁護士 岡崎赫生

同 水野八朗

主文

一、被告は原告らに対し、各金八、八七八、七二四円および各内金八、三七八、七二四円に対する昭和四七年九月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分して、その二を原告らの負担、その余を被告の負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告ら

1、被告は原告らに対し、各金二八、二一七、一六六円および各内金二五、六五二、一六六円に対する昭和四七年九月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

二、被告

1、原告らの請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二、当事者の主張

一、請求原因

1、事故の発生

訴外亡上田往玄は、昭和四七年九月一七日午前一時四〇分頃、和歌山県有田郡清水町久野原地内県道有田高野線上を、軽四輪貨物自動車を運転して、同郡金屋町方面から同県伊都郡花園村方面に向けて走行中、アスファルト舗装の右県道が長さ六・四メートル(西側)ないし九・一メートル(東側)にわたり、ほゞ五・六メートルの道路幅員一杯に陥没(深さ最先端で約八メートル、水深同約四・五メートル)していたため、同陥没個所に右自動車もろとも転落し、その水中で窒息死した。

2、被告の責任

被告による本件道路の設置又は管理には、次のとおり瑕疵があった。

(一) 本件事故現場附近では、右道路の南東側は山であり、北西側には有田川が流れていて、道路と川との境には石が積まれて、護岸兼路肩となっている。本件道路の陥没は、右積石の下の川底部の土地が流水に抉られて、ここから侵入した流水がアスファルト舗装下の路床を侵蝕し、路床の土砂を流出させたため、路面の下に大穴が出来、路面のアスファルトが路盤を失って陥没したもので、これは道路設置上の瑕疵に基くものである。

(二) 右流水の侵入個所は、以前から剔られかけていて、既に積石の下に長さ三、四メートルの丸太棒が挿入できる程の穴があいていたにかかわらず、そのまま放置されていた。

本件事故の前日一六日には夕刻から台風二〇号が来襲し、本件事故発生時には、その風雨が大方治まりかけていたものであるが、右台風の襲来は事前に判明していたことであって、本件現場附近は地質的に土砂崩れが起きやすい危険区域であったのであるから、被告としては、特に注意して、緊急事態の発生に対処できるよう備えるべきであったのにこれを怠って何らの備えもしなかった。特に、本件現場附近を管轄する被告の湯浅土木事務所清水駐在所では、右一六日午後零時一五分に水防配備指令第一号が発令されていたにかかわらず、同三〇分頃には職員が全員帰ってしまった程である。

本件道路の陥没は、既に右一六日午後一一時頃に右現場を通りかかったものが、陥没しかけているところを発見し、右湯浅土木事務所清水駐在所へ連絡したにもかかわらず、被告によって何らの対策も講じられず放置された。

以上のとおりで、本件事故は、少くとも本件道路の管理上の瑕疵に基く。

3、損害

(一) 亡往玄の逸失利益 金四四、一九八、九七二円

亡往玄は、本件事故当時二五才、昭和三七年四月一日、中卒後直ちに関西電力株式会社に入社、その後三年間関西電力学園高等部で教育を受け、昭和四〇年四月一日正式社員に採用されて、同社和歌山支店和歌山営業所箕島営業店清水出張所に配属され、技手として勤務、本件事故当時は、台風後の電線補修作業に出動中であった。

同人の本件事故当時の平均月収は、昭和四七年一月一日から本件事故当日までの総収入(九三九、九六三円)に基いて算出すれば金一〇九、七三一円である。

右往玄の平均月収中基準賃金は六四、〇〇〇円であるが、同人と同時期に同条件で入社し、同様に教育を受けた後社員採用され、同じ箕島営業店に配属されたもの五名の昭和五一年七月一七日現在の基準賃金は、平均一五二、一二〇円である。従って、亡往玄は、本件事故により死亡しなかったならば、右同日現在右同僚の平均額と同じ基準賃金を得られたはずである。同人の右本件事故当時の基準賃金と右予想される昭和五一年七月一七日現在の基準賃金とを比較すると、その昇給率は二三パーセントである。よって、同昇給率を右事故当時の往玄の平均月収に乗ずると金二六〇、〇六二円となり、同人は、本件事故で死亡しなかったならば、昭和五一年七月一七日現在では同額の月収を得られたはずである。

よって、亡往玄は、本件事故によって死亡しなければ、毎年昇給したはずであるけれども、便宜上本件事故後四年間は事故当時と同額の収入を得、昭和五一年九月一八日以降は右金二六〇、〇六二円の月額収入を得るものとし、事故後の就労可能年数を四二年、同人は一家を背負っていたので、控除すべき生活費は三〇パーセントとし、ホフマン方式により中間利息を控除して右の間の逸失利益を算定すると次のとおりである。

昭和四七年九月一八日から昭和五一年九月一七日までの分

109,731円×0.7×12×3.564=3,285,082円 (ホフマン係数)

昭和五一年九月一八日以降の分

260,062円×0.7×12×(22.293-3.564)=40,913,890円 (ホフマン係数)

以上合計金四四、一九八、九七二円

(二) 原告軍司は右往玄の父、同とめ子は母であり、それぞれ二分の一の割合で往玄を相続した。

(三) 慰藉料          合計金八〇〇万円

亡往玄の取得した分として五〇〇万円(原告らの相続分各二分の一)、原告ら各自固有の分として各金一五〇万円。

(四) 葬儀費用          合計金四〇万円

原告らの負担割合各二分の一

(五) 損益相殺    合計金一、二九四、六四〇円

原告らは、労災保険より右金員を受領しているので各自の取分各二分の一として、これを被告に対し請求する損害額から控除する。

(六) 弁護士費用        合計金五一三万円

原告らは、それぞれ原告ら代理人に弁護士費用として判決認容額の一割に当る金員を支払う旨約した。

4、結論

よって、原告らは被告に対し、国家賠償法二条一項に基き、それぞれ右(一)、(三)、(四)、(六)の損害額から(五)の金額を控除した金額(五六、四三四、三三二円)の二分の一に当る金二八、二一七、一六六円およびこれから弁護士費用を控除した各金二五、六五二、一六六円に対する本件事故の翌日から完済に至るまで民法所定利率による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する被告の答弁

1、請求原因1の事実は認める。

2、同2中、本件事故現場附近では、道路の南東側は山であり、北西側には有田川が流れていて、道路と川との境には石が積まれて護岸兼路肩となっていること、本件道路の陥没は有田川の流水が侵入し、アスファルト舗装下の土砂を流出させたために生じたものであること、本件事故の前日から当日にかけて、台風二〇号が襲来したこと、以上の事実は認めるが、その余の事実はすべて否認する。

本件事故現場附近は地質的に土砂崩れが起きやすい危険区域ではないし、道路下に原告主張のような穴があいていたこと等はあり得ない。本件道路の陥没は、台風二〇号下の降雨のため、有田川が短時間内に異常増水して異常な流れ方をし、本件事故現場附近の護岸兼路肩に圧力を加え、同所から流水が侵入して、短時間内に道路下の土砂を削り取ったために生じたもので、かかる事態を事前に予測することは不可能であったから、本件事故は不可抗力による。

被告は、その管理する道路の異常気象時における危険防止を図るため、「異常気象時における道路通行規制実施要綱」を定めており、同要綱に基く道路通行規制基準によれば、本件事故現場のある県道有田高野線清水町清水から同町押手まで一二・七キロメートルの間は、連続雨量が一二〇ミリに達すると通行止の規定をするものとされており、右道路は、事故の前日の一六日に台風の影響で連続雨量が右規制基準量に達したので、同日午後一〇時三〇分頃右区間全線通行止とし、その旨各関係先に連絡し、同一一時には通行止標示を各情報板設置場所にした。本件道路は地域住民の生活道路であって、他に迂回路もないので、通行止の措置をとる際にも、完全に自動車の通行を遮断する設備等を設け、道路を封鎖することはできない。同一一時三〇分頃、湯浅土木事務所では、清水町役場より、同役場の職員が本件事故現場附近で道路の陥没を発見し、ひき返した旨の連絡を受けたが、当時は台風下の異常時であったため、他の道路情報の把握、気象情報に基く道路管理業務に当っていて、現場調査および危険防止標示は事故発生後となった。

以上のとおりで、被告による本件道路の設置および管理には瑕疵がなかった。本件事故は、次に述べるとおり、亡往玄の自動車運転上の過失とその雇主の関西電力株式会社の社員出動命令を出す際の過失が競合して発生したもので、被告に責任はない。

亡往玄は、台風下の異常時であったのであるから、道路状況については十分注意すべきであったのに、これについて何ら確認することなく勤務先の関西電力清水出張所を出発しており、また車運転中も前方を注意していれば、本件道路の陥没を発見し得たはずであるのに、同注意を怠って漫然と進行したため同陥没を発見できず本件事故に至った。

本件事故車は、関西電力株式会社の下請会社のものであり、亡往玄は、事故当時始めて同車を運転していたもので、当時は、台風接近に伴い特別に夜間出動し、その場の責任者として右下請会社の社員三名を引率していた。関西電力としては、右の如く社員を災害時に出動させるに当っては、道路状況、天候等について関係当局に連絡をとり、状況を把握してから出動命令を出すべきであったのであり、また亡往玄を当夜始めての車に乗せて出動させるべきではなかった。

3、請求原因3中亡往玄が関西電力株式会社和歌山支店に勤務していたことならびに同(五)の事実は認めるが、(四)は不知、その余の事実については、右訴外人と原告らとの身分関係および相続関係の点を除きすべて否認する。

三、抗弁

1、過失相殺

仮に、本件事故につき被告に責任があるとしても、前記のとおり、亡往玄にも重大な過失があるので、この点を損害額の算定に当り斟酌すべきである。

2、損益相殺

原告らは、亡往玄の死亡により、関西電力より退職金七九六、〇〇〇円および損害金として金九〇〇万円を受領している。

四、抗弁に対する原告の答弁

1、抗弁1の事実は否認する。

仮に亡往玄に多少の過失があったとしても、同人が当夜台風が治まりかけるや直ちに出動し、電線補修作業に従事して、社会公益のために働いていたことに当夜の被告職員の怠漫振り等を比較較量すれば、本件においては、右訴外人の過失は損害額の算定に当り斟酌さるべきでない。

2、同2については、原告らが被告主張の各金員を受領していることは認めるが、退職金は、むしろ原告らにおいて、定年退職等によって得る額との差額を損害として主張すべき筋合のもので、その性質上損益相殺の対象となるものではないし、被告主張の九〇〇万円は、関西電力社内規定により、弔慰金として支給されたもので、これもまたその性質上損益相殺の対象とならない。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二、よって、本件事故現場道路の設置または管理に瑕疵があったか否かにつき判断するに、同現場附近では、同道路の南東側は山であり、北西側には有田川が流れていて、道路と川との境には石が積まれて護岸兼路肩となっていること、本件道路の陥没は有田川の流水が侵入し、アスファルト舗装下の土砂を流出させたために生じたものであること、本件事故の前日から当日にかけて、台風二〇号が襲来したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

本件道路(県道有田高野線)は、和歌山県伊都郡高野町から有田川の河口、有田市に至る、有田川に沿って設けられた同県内の主要県道であり、特に右高野町から同郡花園村、有田郡清水町を経て、同郡金屋町に至るまでの間は、唯一の幹線道路であり、他に迂回路はない。被告県の定めた異常気象時における道路通行基(規)制基準によれば、清水町内の花園村との境に近い押手から本件事故現場のある久野原を経て清水に至るまでの一二・七キロメートルにわたる右道路区間は、落石、土砂崩壊の危険があるとして、連続雨量が一二〇ミリに達すると通行止の規制をすべきものと指定されていたが、同規制に当っては、被告も認めるとおり、右道路が地域住民の生活道路であって他に迂回路のないところから、自動車の通行を遮断する措置はとらず、道路情報板に標示板を掲げるにとどめるものとされていた。

本件事故前日の一六日から事故当日にかけては、前示認定のとおり台風二〇号が襲来し(一六日午後六時三〇分頃潮ノ岬附近から和歌山県に上陸)、その影響による降雨のため、有田川が異常に増水するとともに、清水町内の右指定道路区間においても、一六日午後一〇時三〇分頃には連続雨量が一二〇ミリに達したので、本件道路全線を管理する県湯浅土木事務所において、右規制基準に従い右道路区間に通行止の規制をすることとし、その頃出張所である同事務所の清水駐在所に連絡し、これを受けた同駐在所主任大藪忠美は、更に委嘱先の民間モニターに指示して、同一一時頃、本件事故現場の川下にかかる大淵橋の有田川右岸のたもと近くに設置された道路情報板に通行止の標示板(白地に黒く「通行止」と記入した横長の鉄板)を掲げさせた。右標示板は、翌一七日午前三時頃本件事故現場に赴く途中の右大藪によって確認されているけれども、有田川下流から上流方向に向うとき、本件事故当時には、本件道路は右大淵橋を渡って右岸から左岸に転じ、右岸の同橋のたもとで大きく右カーブしていたため(その後同所附近での右道路は有田川左岸に移された)、自動車の運転者としては、同所にさしかかった際、右手に気を取られがちとなり、附近住民で、自動車運転中に左手の右情報板の標示に注意するものはほとんどない。特に夜間は、同所附近には照明もなく、情報板が通常の塗料で黄色で塗られていただけであったので、尚更その標示は見落されがちで、本件事故前後に同所を通過した附近住民の内にも右標示に気付いたものは見当らない。

被告県では、台風襲来等災害に備えて、水防配備体制一ないし三号を定めており(一号は、警戒する必要があるが、具体的な水防活動を必要とするに至るまでにはかなり時間的余裕のあるときに、二号は、約二時間後に水防活動の開始が考えられるときに、三号は、事態が切迫し、約一時間後には水防活動が必要と予想されるときに、それぞれ県水防本部から発令される。)、一六日には右湯浅事務所管内でも、午後〇時一五分に右水防指令一号が(翌一七日午前六時一〇分解除)同五時一五分に同二号が(一七日午前三時解除)それぞれ発令され、いずれもその頃右清水駐在所にも伝達された。当時同駐在所では、右水防指令のいずれが発令されても、配属の技術吏員三名全員駐在所待機、同土木手約一一名全員自宅待機の態勢をとるものとされていたが、右一六日(土曜日)には、休暇をとっていた右大藪が、台風情報で右台風の接近を知り、午後〇時三〇分頃同駐在所に出向いたときには、既に右技術吏員らは全員帰宅した後で同駐在所には誰も居らず、大藪は、右水防指令二号発令の連絡を受けるまで、同一号の発令されていることを知らされておらず、附近に住む土木手を一名呼寄せたのみで、右水防指令二号発令後も他の技術吏員らには何らの連絡もせず、一人で、一時間毎の路上の雨量および有田川の水位の測定に専念していた。

本件道路の陥没は、降雨のため急激に増加した有田川の流水が道路側壁下の基礎コンクリート部分或いはその下当りから路床内に侵入し、急激に土砂を流失させたため、側壁(路面上に約三〇センチの車止が設けられていた)を残し、その内側がほゞ道路巾一杯に陥没したもので、一六日午後一一時頃、私用で自動車を運転し、久野原地内を有田川上流方向に進行中であった清水町役場の職員が、横は道路巾ほゞ一杯、長さは一メートル程度陥没しかけた段階でこれを発見し、直ちに引き返して、同一一時三〇分頃には、右清水駐在所に電話し、大藪に、場所を明示した上で、「県道の陥没が始まっており、なお大きくなる虞があり、危険であるから標識等をする必要がある。」旨連絡した。右当時、既に台風の影響による風雨もほとんど治まり、雨も小降り、風もほとんどなくなっていたけれども、大藪は右湯浅土木事務所に、同事務所は県水防本部に、それぞれ道路陥没を知らせる右連絡があった旨報告したのみで、右陥没個所には、大藪が本件事故発生の知らせを受け、一七日午前三時頃現場に赴き、途中町役場から借り出した柵を置くまでは、危険を知らせ、転落事故を防止するための何らの措置もとられず、当時出動していた水防団その他の機関にも連絡されず、放置された。

なお右清水駐在所から右事故現場までの距離は、本件道路に沿って四ないし五キロメートルで、その間に川上に向って順次、町役場、関西電力清水出張所、大淵橋がある。

亡往玄(当時二五才)は、関西電力株式会社和歌山支店に勤務し(この点は当事者間に争いがない)、和歌山営業所箕島営業店清水出張所に配属されていたものであるが、一六日は夕刻から右出張所で待機した後、午後一一時頃から、下請業者の従業員三名を引率し、二台の車に分乗して、配電線の修復作業に出動、一旦同出張所に帰った後、翌一七日一時三〇分頃再び、停電した花園村での配電線の修復作業のため、小雨の中を右三名とともに花園村に向け出発、自から下請業者所有の本件事故車を運転し、助手席に一名同乗させ時速約三〇キロメートルで先頭に立って進行中、本件道路の陥没個所にさしかかるや、転落直前までこれに気付かず、そのまま転落して、同乗者は脱出したけれども、往玄は車内で溺死した。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

三、本件事故現場道路は被告の県道であるから、被告において常時これを安全、良好な状態に保ち、その上での交通の危険発生を未然に防止するよう維持すべき管理上の責任があり、右認定の事実関係の下では、被告としては、少くとも、本件道路陥没の発見者から湯浅土木事務所清水駐在所に同陥没についての連絡がなされた時点で、これを調査し、その前に危険を知らせるための標識を設置し、或いはロープや柵で交通を遮断する等の措置をとるべきであったというべきで、これらの措置を全くなさず陥没個所をそのまま放置した点において、被告の本件道路の管理には瑕疵があったといわざるを得ない。仮に、本件道路の陥没自体は事前に予測することが不可能であったとしても、これが判明した時点以後は、これによる道路交通上の危険発生を未然に防止するよう措置すべき責任があったのであり、右陥没発生の連絡が夜間に、台風通過直後になされたからといって、右認定の事実関係の下では、右防止策を講ずることが不可能であったと認めることはできず、これにより被告の右道路管理上の責任が免ぜられるものではない。また、本件陥没個所を含む本件道路一二・七キロメートルの区間に通行止の交通規制がなされ、これを表示する標示板が被害者の進路上に掲げられていたことは前示認定のとおりであるけれども、被告も自認するとおり、右道路区間については、通行止の規制に当って、自動車の交通を遮断することはできないというのであるから、右規制下にあっても、右道路区間を通行する自動車のあることは被告において当然予期すべきことであって、右標示板が自動車運転者の注意を引きにくく、危険表示の方法として完全でないことも併せ考えれば、右通行止の標示板を掲げたことのみで、被告の本件道路管理上の責任が尽されているとは到底解し難い。

しかしながら、亡往玄としても、夜間、小雨の中を台風通過後に、異常に増水した有田川と山に狭まれた危険な道路区間を通行するのであるから、道路情報板に掲げられた規制標示に留意し、前方に注意し、十分にその安全を確認しつつ安全な速度と方法で進行すべき注意義務があったのに、これを怠ったために、本件道路の陥没を事前に発見できなかった過失があるというべく、本件事故は、被告の道路管理上の瑕疵と亡往玄の自動車運転上の過失とが競合して生じたものであって、亡往玄の右過失の占める割合は五割とみるのが相当であるので、本件事故により同人の蒙った財産的損害からその五割を過失相殺する。

四、原告らの損害

1、亡往玄の逸失利益

同訴外人が本件事故当時、関西電力株式会社和歌山支店に勤務していたことは前示認定のとおりであり、≪証拠省略≫によれば、同訴外人は、昭和四七年度中本件事故により死亡するまでの間に、賞与等も含め総額九三九、九六三円の給与収入を得ているので、当時月額平均一〇九、七二三円(年額にして一、三一六、六七六円)の収入を得ていたものと認められるところ、労働省発表の賃金センサスによれば、二五才の男子労働者の平均給与収入は、それぞれ前年度に比し、昭和四八年には一・一六六三七倍、昭和四九年には一・二三八九七倍増加しており、昭和五〇年の全産業労働者の平均月間給与収入は前年に比し一四・五パーセント増であることは当裁判所に顕著な事実であるので、亡往玄も本件事故で死亡しなかったならば、右の間右各率を下らない割合で昇給したものと推認される。よって、右訴外人稼働年数を四〇年(六五才まで)とし、生活費四〇パーセント、ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して、右の間の同訴外人の逸失利益の本件事故の翌日の現価を計算すると、次のとおりとなる。

(一)  昭和四七年九月一八日以降の一年間分金七五二、三八五円

1,316,676円×0.6×0.95238

(二)  昭和四八年九月一八日以降の一年間分金八三七、六八三円

1,316,676円×1.1664×0.6×0.90908

(三)  昭和四九年九月一八日から一年間分金九九二、七五七円

1,535,771円×1.23897×0.6×0.86957

(四)  昭和五〇年九月一八日以降三七年分金二四、七二一、三五〇円

(1,902,774円+275,902円)×0.6×18.9116

以上合計金二七、三〇四、一七五円から五割の過失相殺をすると金一三、六五二、〇八八円。

なお原告らは、亡往玄と同期に同条件で入社した同僚五名の昭和五一年七月の基準賃金の平均額を基礎として、同年九月一七日以降の右訴外人の逸失利益を算出しているのであるが、原告らがその根拠資料とする≪証拠省略≫によっても、基準賃金が基本給の外に特別給、妻帯手当等個人的要素の強いものを構成要素としていることが明らかであり、また、給与総収入中基準賃金の占める割合も定かでないので、右の点に関する原告主張は採用できず、他に右認容額を越える金額を認めるに足る証拠はない。

2、原告上田軍司が右訴外人の父、同とめ子が母であって、それぞれ二分の一の割合で右訴外人を相続したことは、被告において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなすべく、そうすると、原告らは右訴外人の逸失利益の各二分の一に当る金六、八二六、〇四四円を取得した。

3、慰藉料

(一)  亡往玄の取得した慰藉料の額は同訴外人の過失割合等、前示認定の諸般の事情を総合考慮すると、金二五〇万円をもって相当と認めるので、原告らは各自その二分の一に当る金一二五万円を相続により取得した。

(二)  原告らが各自取得した固有の慰藉料額は、右同様に諸般の事情を総合して、各金七五万円をもって相当と認める。

以上原告らの取得した慰藉料額合計各金二〇〇万円

4、原告らの負担した右往玄の葬儀代各金二〇万円

5、損益相殺

原告らが労災保険より合計金一、二九四、六四〇円を受領しており、これが損益相殺の対象となることにつき当事者間に争いがないので、原告ら各自の取分二分の一として、右原告らが各自被告に対し請求し得る損害金合計額九、〇二六、〇四四円から各金六四七、三二〇円を控除すると残額各金八、三七八、七二四円。

その余の被告主張金額については、いずれも損益相殺の対象となるものであることにつき主張・立証がないので、損益相殺しない。

6、弁護士費用

原告らがそれぞれ本件原告ら訴訟代理人に委任して、本訴を提起追行させたことは、本件記録上明らかであるので、右認容額に本件事案の内容、審理の経過等を併せ考慮して、原告らがそれぞれ被告に対し請求し得る弁護士費用は各金五〇万円をもって相当とする。

五、結論

以上のとおりであるので、被告は国家賠償法二条一項に基き、原告らに対し、それぞれ金八、八七八、七二四円およびこれより右弁護士費用各金五〇万円を控除した八、三七八、七二四円に対する本件事故発生の翌日たる昭和四七年九月一八日から完済に至るまで、民事法定利率による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告らの被告に対する本訴請求は、右の限度では理由があるので認容し、その余の部分は失当として棄却する。

よって訴訟費用の負担につき民訴法九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大月妙子)

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